奥山ゼミどんな感じ?と周りから聞かれるたびに、「めちゃくちゃ優しい人たちばっかり」と答えています。
そして僕はそんなゼミが好きです。
僕は高校生の時から優しい人だとよく言われます。そう言われる度、上っ面なんていくらでも優しくできるよなーって思ってしまいます。小学生の頃なんかは、好きでもない子と席替えで3回連続隣になっただけでブチ切れました。今でも毎日イライラすることばかりです。それでも優しい人でありたいと思うし、優しい人に惹かれます。神社ではいつも世界平和を願いながら鈴を鳴らしています。
けれど優しくあろうと思えば思うほど、優しさとは何かと考えてしまいます。周りからそう思われれば優しいのか、厳しさは優しさなのか、自分が優しさだと思った行為が間違いだった時、それは優しさではないのか。本当に優しい人はこんなこと考えないのでは?
それでも奥山ゼミのみんなは優しい人たちだと思います。奥山ゼミのみんなは寄り添う力を持ちながらも、それぞれの「自分」を持っていると思います。僕はそれこそが優しさなのではないかなと思います。
寄り添うことは優しさの一つだと思います。けれど、その場をやり過ごすために寄り添うことは優しさではない気がします。たとえ寄り添わない選択をしたとしても、そこに相手を思う気持ちと自分なりの考えがあるなら、それも優しさの一つだと思います。
だから今は、優しさとはどう見えるかではなく、どう考えて選んだかだと思います。高校時代の僕に言うなら、上っ面だけの行為でも、優しさだと思ってやっているならいいじゃないと言いたいです。
