私は常に「正解」を求めて過ごしてきた。偏差値の高い進学校への切符を手に入れ、名のある大学に入ることが人生において「正解」だと思っていた。そしていつしか、周囲から評価されることが私の中で正義にすり替わっていた。自分がどう思うかより、どう思われるか、そればかりに執着した人生を歩んできた。
このゼミを選んだ理由もそう大それたものではない。政治経済学部の中で、一番倍率が高く、そこに入ることで自身の価値を最も引き上げてくれる場所であると感じたからだ。もちろん、活動内容や雰囲気に惹かれたこともあるが、それは副次的なものに過ぎなかった。
しかし、ゼミでの活動や多くの出会いを通じて、私の中で形成されていた「正解」という価値観は大きく変わった。何よりも「正解を求めすぎるな」という友人の一言が私の考えを大きく変えてくれた。奥山ゼミでの活動において、絶対的な「正解」は存在しない。だからこそ、チーム一丸となって「最適解」を探し続けることが大切である。たとえ、それが100点満点の正解でなかったとしても、その過程が重要であるのだと思う。必ずしも、「正解」と「最適解」は”=”で結ばれるとは限らない。
過去の自分や現役の学生に伝えたいことは、周囲の人と自分自身を比較しすぎてはいけないということである。
評価がしやすい結果や数字にとらわれすぎず、与えられた環境の中で、「最適解」を模索する姿勢を大事にしてほしい。
その努力こそがこれからの人生において大きな糧となり、自分自身に勇気をくれるはずだから。
「正解」≠「最適解」(by ガミ線)
